平尾刑事の初級音楽講座
序章(第二章へいってみる)
講師:平尾刑事
生徒:モモジ
講師プロフィール
平尾義之
Hirao Yoshiyuki1967年三重県生まれ。小学生時代にクラシック、中学生時代にロック、ジャズに興味を持ち意識して音楽を聞き出す。高校で吹奏楽部に入りsaxを手にし音楽を始める。クラシック系saxを吹くかたわら、現代音楽に興味を持ちNHK-FMなどで聞き漁る。18歳の頃Ornette Colemanを聞き本格的に道を踏み外す。大学時代にはJAZZ研に属し最初の頃こそおとなしくスタンダードなどやっていたが2年もすると”Art Blakey(ds)に死を!”などと唱えひたすらジャズを、もとい既存の全ての音楽を否定する。なおしばらく後Art Blakeyは他界した。 23歳で普通に会社に就職し事実上音楽活動はほとんど休止状態になる。が29歳の頃会社からドロップアウトすると同時になぜだか道が開け音楽活動の頻度が増す。現在サックス奏者として藤井郷子オーケストラ等に参加、ライブ映像インプロヴァイザとして赤松正行氏(コンピュータ)や駒沢裕樹氏(スチールギター)などとの共演、電子音楽作家としてソロ活動の他、名古屋港artportでの"Deep Acoustics"主催など「深響」名義でイベント主催も行う。 |
モモジ(以下"モ"):先生こんにちは、今回は先日カノーヴァンにて開催された"Guitar Summit"における先生のライブをもとに先生にいろいろ教えていただこう、と考えております。よろしくお願いいたします。
平尾刑事(以下"平") :うむ。
モ:ではさっそくですが、2003年7月12日に行われたGuitar Summitにおける先生のライブ映像を一部見てみましょう。
平尾義之ライブ映像(rm
916KB)
モ:、、、先生、一回もギター弾いてないですね。。。この時の演奏時間約25分の間、ほぼこんな感じの演奏でしたね〜、なんてストイック!さてさて、この演奏を目の前で聴いていたときにパッと思ったことをあげていきますと、「なんだかサックスみたいな音だなあ」「お客さんの声の方が演奏より目立つなあ」「かなり単調な感じだなあ」「ちょっと眠い、、」「平尾さん演奏中に何を考えているのかなあ」「実はこの演奏にはなにかものすごい意味が隠されているのでは?」などなど。でですね、今回この講座を受けるにあたって、もういちどあのライブを振り返ってみて、ひとつ、ひょっとしてこういうことなのでは?と思ったことがあります。それは、「あの演奏は、実際にはその場で鳴っているのだけれど、普段は注意してないので聴こえていない音、を、アコースティックギターとアンプを使ってわかりやすく聴こえるようにしたのかなあ」ということです。どうなんでしょうそのあたり?
平:まあ普通の意味では全然弾いてないね。ギターは置きっ放しだし。今回はギターを使ってギターじゃない演奏をするのが狙い。もちろんギターから出ている音なのだけど、この演奏での意図は、普通の奏法では意識されることが少ない要素を取り出して拡大して聴いてもらうことにあるのだ。だからサックスの音みたいに聴こえたり、音が小さかったり、単調だったりするのはある意味で正しい感想だと言えるね。ただ今回私に与えられた題材はあくまでギターだから、楽器としてのそのサウンドを引き出すことに目的がある。その場の周りの音までは今回は意図してコントロールしないし特に関連性を持たせているわけでもない。それは聞く側の意識であるのでそのように思って聴いたのならそれも正解かな。
モ:「普通の奏法では意識されることが少ない要素」というのは具体的にどういった要素なのでしょうか?
平:普通の奏法では瞬間的に変化してしまい気付きにくい響き、もとの音が大きすぎて埋もれてしまう響き、あとギターの音とはこんなものだ、という思い込みにより聞き逃してしまうような音。例えば、「サックスみたいな音」と言うのは通常のギターにある弾き初めのピッキングの音がなく、その後自然に小さくなっていくという変化もないからそう聴こえるわけだね。普段そのようなギターの音の要素はあまり意識されないのだけど、それをなくしてしまうと全く別の印象になる、っていうことはそれを意識すると言うことなのだ。
モ:なんだろう、例えば、だれかがギターを使って演奏する人の演奏を聴く時の入り口的な要素として、ギターの響きだったり、コードだったり、メロディだったりがあると思うのですが、ここでの先生の演奏は、むしろそういった要素をわざと排除して、「聴く」ということのヴァリエーションを提示してるのかなあ?
〜すでに頭の中がチンプンカンプンになりかけな生徒モモジ!いったいこのあとどういう展開になっていくのか?!〜
平:そういう要素を普通の人は”何となく好きだから”とか”なんだか気持ちいいから”といった漠然とした意識でとらえていることが多いけど、じゃあそれのどの辺がどう気になるのか、どうして好きなのか、あるいは嫌いなのか、と掘り下げて考えてみることはほとんどないと思う。そうやって漠然と聞き流しているとクセになっていつものように聞こえる音の中にもいろいろな変化があることに気が付かなくなる。それではいつまで経っても新しいものにはたどり着けないと思う。私のやっていることはいわば顕微鏡で見るようなものでそうやって拡大してやれば同じものでもまた違った見方ができるというわけ。今までの要素を排除したいのではなくそれをもっと良く聞く様にすることが大事なんではないかと思うのです。というわけで私は「良く聞く」ということを考えていきたいのです。「良く聞く」という努力なくしては良い音楽は聴けませんよ。なんだか体育会系になってきましたが。ところで何となく聞いていると同じ音がただ単調に続くだけのような今回の演奏でも良く聞いてみると変化はあります。それはたとえばフィードバックの掛かる音の高さの変化だったりします。また特定の弦に共鳴する振動の派生振動だったりします。たとえばそのようにして楽器の音色というものは作られていくのです。そういう細かいことを知っているのと知らないのではあきらかに聞こえる音が違いますね。これも一つの「良く聞く」ということです
モ:なるほど、ではその「良く聞く」ということを意識していま一度平尾さんのライブ映像を見てみることにしますね。next